「What does that green?―あの緑のものは、なんですか?」
降り立ったイギリスのヒースロー空港で迎えられたタクシードライバーに、
私が「ハロー」の次に発した言葉は、これだった。
いま思えば、おかしな英語である。けれど、一面みどりの光景が目について離れない。
ドライバーは、日本から来たこの娘、何を聞いているんだ?という表情で、
「牧草だよ」と一言。
会話は微妙な空気で幕を閉じたが、私の心は新鮮な風が流れ込んできたように、
うきうきし始めた。
あぁ。この美しい緑は、草なんだ!
いつもは、この緑のじゅうたんの上に、牛や馬がいるんだ。
なんでもないことなのに、妙にこのグリーンが印象的に、きらめいて見える。
すごい!この国は、緑がいっぱいだ。
それが、風を切って走るタクシーの中で感じた、初めてのリアルなイギリスに対する感想だった。
***
イギリスは、雨の多い国だ。毎日のようにどこかしら空は曇って、雨が降る。
そういっても過言ではないのかもしれない。
2009年、留学のため渡英を決めた。
イギリスにもってしまった暗いイメージと偏見を払拭したかったからだ。
プライベートに起こった出来事から、個人的な感情もあいまって、
私にとってイギリスに足を踏み入れることは、勇気のいる行為だった。
陰鬱なイギリス。
衝撃的な出来事のあとから、私にとってイギリスのイメージは、この一言に尽きた。
けれど、世界中に友達を作りたいという夢のある私にとって、イギリスのマイナスなイメージは、好ましいものではなかった。
どうにかして、イギリスのイメージを明るいものに変えたかったのが正直なところだ。
それには、その土地に住んで、その土地の、その国の、その人たちに触れること。
イギリスという国も、イギリスという国の人たちにも、直接、触れ合って私の心で感じてみたいと思ったのだ。
その「雨」が、もたらす暗い雰囲気が、どんなものなのか私自身が身を置いて、体験してみたいと思ったのだ。
自分をそう奮い立たせ渡英させるまでに、2008年、私の人生に起こったことは、ショックな出来事だった。
ちょっとやそっとでは消化できないこと。
意味がないとわかっていながらも、イギリスという国に、ことの顛末の責任をなすりつけようとさえしていたのかもしれない。
そんなおそるおそるたどり着いたイギリスだったため、歓迎されたかのような晴れ渡った空と美しい緑に、大きな希望を感じたのだ。
「イギリスが、雨の多い、陰鬱な空気を漂わせる土壌でなければ、
シェイクスピアのような芸術作品は、生まれなかったであろう」。
渡英前に読んだコラムの一節が、頭に浮かんだ。
ここは、何かを秘めた美しい国なのかもしれない。
滞在中も、私の意識は、自分の内側へ内側へと向かっていった。
その土地の持つ力なのか、自分の内面をとことん見つめる時間が、おおいにもたらされた。
頻繁に降る雨は、私を情緒豊かな感情へと導いてくれたし、思いを馳せるには、ちょうどよい空気感だった。
なにより、イギリスの天気は、コロコロ変わる。
一日のうちに、まるで四季があるかのようだ。
朝、晴天だったかと思えば、突風が吹き、雨が降る。
嵐のような天気に豹変したかと思えば、太陽が顔をのぞかせ、穏やかなひだまりができる。
雨は、毎日のように降るけれど、一日中、雨ってことはめったにない。
住んでいるうちに、いつしか私は、イギリスの雨に慣れ、その雨を楽しいとさえ思うようになっていった。