wonder_mizu.jpg

人魚がいる!
海の水に顔をつけて中をのぞくと、そこには美しい姿が揺らめいていた。

一枚の足ひれが、まるで人魚のしっぽのようにしなやかに動いて、
ぐんぐんと深い水の中に潜ってゆく。

いとも簡単に10数メートルの深さにたどり着くと、今度はこちらを見上げ、
空気の輪っかを送りだす。そして、水の中で大きく膨らんだ輪っかの中を、
するりとくぐり抜けて昇ってくるではないか。

美しい・・・。
ただただ、ため息をつきながら、こんな美しい人魚姫と友達である自分を誇りに思った。


*****

「フリーダイビング」。

大きな足ひれをつけて、からだひとつで海の中に潜っていく競技。
世界トップクラスの選手は、息をとめたまま、100メートル以上の水深へとたどり着く。

私がこういう世界があることを知ったのは、2009年の終わり、つい最近のことだ。

ドアーズの相棒であるゆうこりんが携わるその競技のことを聞き、
ドイツだか、スイスだかのCMで使われた、フリーダイビングの様子を見たとき、
全身に鳥肌が立った。

まるで宇宙と人間とが、水の中で一体になったかのような姿。
真っ暗な闇の底から、グラデーションのように色を変える青い水の中を昇ってくる。

そして、深い水の底から、戻ってくる手前数10メートルのところでは、
ふたりのサポートダイバーが待ち受けるという。

ひらひらひらひら、足ひれを揺らしながら、
たったひとりの人間の生還を待つ。

ここは一番、意識を失いやすい場所なのだそうだ。
無事を確認しながら、最後の数10メートルを昇りきり、水面に顔を出す。
「I`m OK.」。
これが完了のサイン。

孤独からの生還。
この話を聞いたとき、思わず涙が出た。
私もほんの少しでいいから、この深遠な世界に触れてみたい。

さすがに、フリーダイビングをしてみようとまでは思わなかったが、
身ひとつで水に潜ることへの興味が湧いた。


*****

思いを馳せていれば、そんな風に出会いはやってくるもので、
ゆうこりんと旅した沖縄で、私を水の中へと誘ってくれるキーパーソンに出合うことになる。

友人として紹介されたフリーダイビング仲間のさよちゃんに出会ったとき、
「初めて(の素潜り)は、この子と潜りたい!!」と直感した。

さよちゃんが話してくれた、フリーダイビングに至った経緯が心に響き、
ほんの数メートルでも、潜ってみると世界が変わってみえると聞いたその言葉に、
大きく胸が膨らんだのだ。

わくわく夢が膨らむと、これまた、さらなるチャンスを呼び寄せる。

それから数か月後、御蔵島でイルカと泳いだ。
その感覚にインスピレーションを得て、翌月、八重山諸島の最西端・波照間島へ行くことを決めた。

なぜか、その思いを沖縄に住むさよちゃんに最初に伝えたくて、
御蔵島から一番にメールをした。

すると、同時期に波照間島へ行く計画を立てているというのだ!
宇宙のはからいとしか感じられないタイミングが重なって、
ひとり旅同士、波照間島で落ち合って、数日間一緒に旅をすることが決定した。


さよちゃん3.jpg

フリーダイビング。宇宙空間のような、深い水の中にぐんぐん潜っていく様子。(写真提供:三浦さよ


波照間集合!

私たちは、波照間好きな旅人の間では有名な「たましろ」という宿で落ち合った。

この日も、大きな虹に歓迎されて、ひとり旅だけれど、途中でこうしてふたり旅になる、
素敵なギフトに静かに胸の鼓動は高鳴っていた。

沖縄のなかでも、最高に美しいといわれる波照間島のニシ浜で、
ピーカンに晴れた空のもと、透明度のかなり高い水にもぐれるのは、
この上ないシチュエーション。

さぁ、沖に出よう。

宿で知り合った男の子たちを引き連れ(笑)、
さよちゃん先頭に、浜からどんどん遠ざかってゆく。

足にひれをつけていると、こんなにも簡単にスピードを上げて泳ぐことができるんだ。
ほんのちょっぴり自分が魚になったような気分にさえなった。

初体験の連続。

水の中に顔をつけてみる。
シュノーケルを付けているから、息ができる。
たったそれだけのことでも、私にとっては新鮮なこと。

のぞきこんだ水の中で、人魚を発見!
そう、冒頭の人魚。さよちゃんだ。

青い水の中で舞うようにもぐってゆくその姿は、本当に息をのむほど、美しかった。

そして、いよいよ、さよちゃんのアドバイスを受けて、私も水の中に潜る。
耳抜きがうまくいかない私は、せいぜい3メートルから5メートルがいいところ。

それでも、それだけ潜れれば十分だ。

水深は浅いとはいえ、そこは水の中。
なにも機材をつけず、からだがすっぽり水の中にはいっている心地よさ。

そして、そこから水面を見上げた時、
あまりの美しさに、もう一度息をのんだ。

陽光がキラキラ水面を照らして、
光のプリズムが見える。

ここはどこ?

ふわふわ宇宙空間にいるような、
繊細な水ガラスの箱の中に閉じ込められたような、
不思議な感覚に包まれた。

天国があったら、こんな場所なのかもしれない。

「綺麗・・・」。

心のなかで、そうつぶやきながら、
なんともいえない幸福感に満たされ始めていた。

息もできないはずなのに、大いなる何かに守られている安心感を感じたのだ。

地上から見る水面と、
水の中から見る水面とが、
こんなにも違うなんて?!

とはいうものの、私の素潜り技術では、
この水面を眺められる時間は、ほんの数秒。

何度も何度も潜っては、美しい光景に出合える一瞬を求めつづけた。


*****

水。

私の魂が地球にやってきて初めて感じたのは、水だったのかもしれない。
母の胎内でつかっていたのは水だもの。

だから、身ひとつで潜って、水に包まれると、
優しく守られた感覚になるのかもしれない。

私の存在をはるかに超えた、大いなる力。
目に見えない何かに包まれる安心感。

波照間島で体験した深遠な瞬間は、
いまでも私の体内に残っていて、ふとした瞬間に体を満たしてくれる。

こんな素晴らしい感覚を私の人生に投じてくれた出会いの数々に、
いまは、ただただ感謝している。


さよちゃんは、いま沖縄に住んではいない。
大切なものたちと別の場所で暮らしている。

あのとき、あのタイミングだったから、私たちは出会え、そして旅をできた。

この人だ!と思った人と、その輝くときをともに過ごし、味わい尽くす。

それが魂の旅なのだろう。

旅人はみな、それぞれの交差点で出会い、
そして互いに必要なものを受け渡して、また旅立っていくのかもしれない。

さよちゃんが私に渡してくれたもの。
私がさよちゃんに渡したもの。

それが何なのか、言葉では理解しえないけれど、
確かに私たちは、あのとき人生における大切な何かを、
互いに受け渡しあったのだと思う。

それこそが、「水」がもたらしてくれた、私のワンダー体験だ。

さよちゃん2.jpg
美しい水面を見上げる。自然の創りだした巨大な水槽のなかのよう。(写真提供:三浦さよ)